俺の部屋にいつものシズちゃん
ちょっと言い方に語弊があった。いつものシズちゃんって言うのは、俺と一緒にいる時のシズちゃんじゃなくて、みんなと一緒にいる時のシズちゃんって事。
でもちょっと前までは俺と一緒にいる時も優しいシズちゃんだった
ご飯を食べながら阿呆な話し。
盛り上がりもしないし、沈黙が続く訳でもない。
俺達には存在しなかった異常な日常。
シズちゃんはテレビを見ながら笑ってる。
俺の前で笑うなんて今じゃありえない事のはず。

「こいつ笑いのセンスないよな。相方可哀想だ、な?臨也」

俺が作ったご飯を頬張りながら俺に話しかけるシズちゃんも

「臨也?」

俺の名前を普通に呼ぶ事も今ではありえない筈なんだ。

「え?あぁそうだね。」

前は、俺のいう事全然聞いてくれない筈だし、口を開けば間髪入れず何かしら飛んでくるはず。

この会話が苦痛で堪らない。

シズちゃんはそんな俺に気付いていて話しを勧める。
ふざけた話しを延々と続けて、俺が返答を間違えると呆れ顔。
青筋が浮かぶ事はなくない。それぐらいどうでもいい存在に成り下がってるってことだ。
すぐに笑顔張り付けてシズちゃんが甘えてくる。
今のシズちゃんをどうしたらいいのかもわからない。

客観的に聞いてれば、仲良くなったのかとか思うのかもしれないけど
全然違う、これは嫌がらせなんて言葉も生易しいくらいの暴力だ。



ピンポーン


俺が自分が持ってる茶碗を握り締めてどうすべきか思案してるとエントランスのチャイムがなって僅かに俺の肩が揺れる。
シズちゃんは能面のような無表情な顔をし、名残惜しげもなく俺を手放して、勝手にロックを解除。

玄関に向かう。

その背中からは何も感じられなくて、
ふ、と目に入ったテレビには、毎週シズちゃんと見てる番組は既に終わって、ニュースが始まっている。

テレビ画面のデジタル時計はいつもの時間を表記していて、玄関からは、シズちゃんと知らない声が聞こえてくる。

いつも同じ時間にやって来る
いつも違う誰かさん

「臨也」
名前を呼ばれて振り返ると、やはり其処には知らない男が玄関の奥に立ってる。

男はおれの顔をマジマジとみて納得顔。

いつもの時間に、前とは少し変わってしまった日常が帰ってくる。







「お前、あの折原臨也なんだよな?」

だからなんだと内心毒づきながら何も応えない。
くだらない会話は聞こえない振り。
黙々と服を脱ぐ俺を尻目に、男は「いいのかよ、平和島静雄のいいなりで」なんて俺のことを嘲るように笑いながら俺の下半身を触り、話しを続けている。

「…ッぁ」

突然の感触に声を押さえられなかった。
だが、それだけの反応で男は声をはって喜ぶ。

「へぇ、服の上から触っただけで感じちゃうんだ」

いやらしげに顔を歪めて、谷間をまさぐる手は明らかなまでに興奮していて、頭の片隅に馬鹿にしている自分がいる。
服の上から弄っていた手は痺れを切らしたのか、ベルトをはずしてズボンと一緒に下着まで刷りおろされた。
脱いでる途中だった俺は、上着を引っ掛けただけのような変な格好になった。
男は其れを見て更に興奮してる。
気持ち悪い…

「ふ…ぅう…ッ」

直接触られたそこは、俺の意思に反して快感を得ようとする。
身体は確かに感じている。
だが、その感覚さえ俺には気持ちが悪いだけで吐き気までしてくる。
顔が赤くなるまで、息を止めて声を押さえる俺にさえ、興奮できる馬鹿な男。
男は片手で秘部をいじったまま、なんの面白実もない俺の平らな胸に噛ぶりついた。

「…ぃッ」

痛みに声をあげた俺に気をよくした男はにやにやと気味の悪い笑みだけ浮かべながら更に俺の自身を強く握りこんだ。
噛まれた乳首から血が出そうだ。
時折思い立ったかのように噛まれたとこを舐めてくるからヒリヒリと痛みは増す。

「…ぅッ…ぃた、ぃ…はな「俺に逆らっていいのかよ、あの男に言っちゃうよ」

その言葉で俺はなんの抗議も出来なうなった。
俺のを握りこんでいる男の顔は、痛みからくる、水の膜でぼやけて見えなかったが、きっとしたり顔してるに決まってる。

「はぁ…ッ」

男は好きなだけ俺の身体を弄繰り回して、なんの準備もしてない穴に男のものをねじ込んだ。
慣れた身体は余り痛みを感じさせないから声を出す事は止められたが、生理的に流れる涙は抑えることが出来なかった。
でも都合がよかった。見えなくていい

「…ん…ッぁ」

俺の中を異物が動きだして、男は興奮しながら何か訳の分からないことを口走ってる。 俺はただ、首を降って言う事を聞く。

相手が、シズちゃんじゃないだけだ。

今の俺はきっと中身なんて空っぽだ。

嘆きを閉じ込めて喘いで

苦しみと云う苦い棘を喉の奥の違和感と一緒に飲み込んだ。
眼を瞑って、これはシズちゃんなんだって、思い込んでみる。
いつもやってみてるけど、相手をシズちゃんに重ねられたことなんて一度もない。
だって匂いも、温もりも、キスの仕方だって、何もかも全部違う。
それでもいつもやってみる。
せめてシズちゃんが傍にいるんだって、思えるように。



シズちゃんに大嫌いだとか、死ねとか言い続けられてきた。(でも二人の時は絶対に言わなかった。)
俺も、シズちゃんのこと大嫌いだから死んでってたくさん言ってきた。(天邪鬼な俺は照れた時とか無駄に口走ってた。)
お互いに、好きとか、愛してるとか言った事は一度もなかったけど、俺はシズちゃんが好きだった。
シズちゃんが何を思って俺の身体を求めて来たんだろう、て疑問に思ったけど聞かなかった。
どうせ練習台なんだろうなって思ってたし、それでも俺は良かったから。
付き合ってたの?とか恋人とかそんな関係では全然なかったけど、周りが思うほど殺伐とした関係ではなかった。

でも今は違う、殺伐も、甘いも、その中間の曖昧な関係でもない。
憎しみにも似た…搾取する側とされる側。

何がいけなかったんだろう
そう考えてたのは初めだけ、今は答えの出ない事を考えるのが堪らなく疲れる。

でも、俺が悪いのだけは分かっている。
俺は人の神経を逆なですることに関しては天才的で、特にシズちゃんはその犠牲者だ。
でも、そんな事じゃないって分かってる。
だって言われたのは「厭きた」って言葉だった。
え?何がって思った。
俺の身体が?
でもシズちゃんと変わらず一緒に入られるならそれでよかった。
俺と喧嘩もしないでダラダラとしてるだけの時間が?
なら殺し合いしようよ、シズちゃんが望む関係にならいくらでもなる。
それとも俺自身…?
なら、俺どうしたらいいの?

俺が捲し立ててると、十二分に殴り付けられた。
今俺が生きてるから、それでも手加減してくれたんだと思う。
でもその後シズちゃんは心底つまらないって物足りない顔して「お前つまんないし」無感情な声で言った。
それですがりついたのは俺の方だった。

「なんでもする」とかそんなこと言って腫れ上がった顔でシズちゃんの足にすがった。
我ながらみっともないと思うし、他人が聞いたら「あの折原臨也が?」なんて言われそうだけど。
俺はその時どうしようもないほどにシズちゃんに依存してた。

違う、依存してたのは高校の時から、シズちゃんしか見てなかった。
シズちゃんと殺し合って、シズちゃんも俺の事本当に殺したいって分かって、なんとなく嬉しかった。
力が制御ができないって嘆いてたシズちゃんが生き生きとして見えたから。
だから俺も、必死に俺なりのやり方でシズちゃんに対抗した。
俺にはもっと本気出していいんだよ、って俺の前で力のこと考えなくていいんだよって思いながら。
それで思わぬ関係になったから思い上がっていた。
シズちゃんと対等でいられるのは自分だけなんだって、
だからシズちゃんの「つまらない」の一言がどうしようもなく心臓を抉った。

みっともなく縋り付くくらいに。
でも返ってきたのは、蹴りの一発。
そして

「気持ち悪い」

ただそれだけ
今思い返したら、自分でも気持ち悪いと思う。
泣くと更に殴られるし、呆れた顔をするだろうし、
笑って何かを言おうものなら無駄にシズちゃんの神経逆撫でして「気持ちが悪い」とか言われてやっぱり殴られるって想像できて
俺はどうすればいいか分からずただシズちゃんの一挙一動に怯えて「ごめんね」を繰り返してた。
そんな俺にシズちゃんは唯無言で、俺は謝ることも許されてないって思って何も言えなくなった。
目も合わせられない、その場から動けない、喋らない。
ぐっと堪えて冷静に考えた。

きっと今は何かに怒っていて最後には「ごめん」て謝って優しく頭を撫でてくれると思ってた。




身体の関係を持つようになってからシズちゃんは時折そういう優しさを俺に見せてくれてたから、
だから、大丈夫だって思いたかった。
でもシズちゃんはそのまま出て行った。
汚いものを見るみたいに何も言わずに出て行った。
耳から頭、部屋中に扉が閉まる音だけ無機質に響いた。
それでも、戻ってくるんじゃないかって眼球だけ扉を見つめて、ちりちり痛むまで凝視した。
身体が痛い、でも戻ってくるかもしれないから新羅のとこに行く気にはなれなかった。
顔も、ダラダラ流れる血がうっとうしい
肋骨折れてるっぽい。
息するたびに息苦しくなる。
呼吸する度に肺に響く。
汗が床に落ちた。
拭かなきゃ



じりじりとした嫌に照りつける太陽が顔半分を焦がしてる

戻ってくる

戻ってくるよね




戻って…




むせかえる様な暑さが二人を焦がして遠ざけたんだ。

思考回路はショートして頭がはち切れた。

嫌に汗が流れる。


蝉の声が俺に告げた。



ステラレタ





頭の中で言葉を繰り返し、先ほどのやり取りを何度も繰り返す。




棄て、られた





捨てられた




やっと理解した。

俺、シズちゃんに本当に捨てられたんだ。って

もう、本当に必要がなくなったんだ。




















「ぅ、…ぁぅッ…」

下から突き上げる男の重みで食べ物が喉までせりあがる。
口を抑えて嘔吐を防ぎ、悪寒と気持ちの悪さに震える身体を握りしめた。
腹の違和感が消えない、男が力任せに揺さぶる度に俺の中の何かが死んでいく気がする。
そんな俺をくるりと反転させ、今度は後ろからついてくる。
違和感ばかりの熱の塊が、更に俺の奥を責める。
それでも、顔が見えない分ましだった。


『なんでなんの反抗もしないんだ』


扉の隙間から垣間見えるシズちゃんの眼光

いつからいたの?
なんで助けてくれないの?

「シ…ズちゃ、」

嗚咽を堪えながら必死に名を呼んだ
手を伸ばして、もう許して欲しかった。
俺の何が気に障ったのか分からない。
全部だったかもしれないけど、今までは普通に殺し合いしてくれてたよね?
優しくしてくれた時だってあったじゃん?
なのになんで急に「いらない」なんていうの?

必死に伸ばした手を掴んだのは、俺が求めていた手とは違うもので後ろから伸びてくる気持ちの悪い男のもの。

俺の口と鼻を押さえて顔を無理矢理後ろに向かされた。
したくもない、生々しいキス。
自分の唇の上に重なる唇が気持ち悪くて、歯をなぞる舌の感触に堪らず顔を振りほどき、胃の中のものをベッドに撒き散らした。

「ぅッわ、汚ね」

その一言で後頭部を殴りつけられ、俺は顔を嘔吐物に埋めながら再び熱の塊に腸を掻き回された。
あの「折原臨也」がこんな男に言いようにされてる。
もう俺のマウナケア山よりもはるかに標高の高いプライドはコンマ単位にまで下がってる。
悔しくて涙が出ることなんてもうないからね。

嘔吐物独特の生臭い臭いに嗅覚を犯され、男の逸物を叩きつける音だけが頭の中に響いた。

うっすらとボヤけた視界にシズちゃんの細められて眼だけを追いかけた。
次第に見えなくなるまで、気配だけを頼りにシズちゃんを瞳にいれようと意識を保った。