浅はかだ。


もう、終わりしよう。
俺達が行く先には何もない。
分かっていて手離せないその存在に畏怖の念を抱いたのはいつの頃だろう。
初めは唯、俺を化け物だと罵りながらも、俺と殺しあう時心底嬉しそうにするのが気になった。

そして気付いた。
こいつなりに化け物みたいな力を持った俺に気を使ってるって。
気付いてからは、臨也の言葉のどれもが寂しい言葉に感じられた。
素直になれない淋しい子供のような臨也。

必要な言葉と要らない言葉、全てで俺の穴を埋めようとしてくれているんだって。

臨也の声にならない声で俺を求めてるって分かったから、歩み寄って

臨也がそれで満足なんだと思ってくれているのに俺の心がどうしようもなく、臨也が求めるもの以上を求めて叫ぶから

逃げ出した

俺の中の闇が大きな口を開けて待っていて
その先の臨也、その中の俺

『飽きた』と告げたあと、臨也は何度も俺に連絡を寄越して、池袋にも毎日のように来てた。
拒みきれない俺は、『なら俺の言う事なんでも聞くなら、今迄通り一緒にいてやる』といった。
臨也が自分から俺から離れられるように仕向ければいいと思った。




「…シ、ズ」

臨也が微かに俺を呼ぶ

知らない男に組み敷かれ、自分の吐いたゲロと涙と鼻水混じりのぐちゃぐちゃの顔で俺を呼ぶ。

どうして其処にいるのだろうか。

さっさと逃げ出してしまえばいいのに、もう耐えられないって、俺とは関わりたくないって俺の目の前から消えてくれ。

俺は、俺からは臨也を手放すなんて無理なんだ。
なのに俺に向かって差し出されるその手を、俺はもう掴む事ができない。


怖い…


恐いんだよ、手前が…



知らねぇうちに俺の中で存在をでかくして、
自分には力の制御なんてしなくていいみたいな事するお前を、俺はこのままじゃ本当に殺しちまうかもしれない。
其れほどまで制御できない。
力とかじゃなくて、理性をだ。

「シ…ちゃ…」

それでも、俺の名を呼ぶ臨也から逃げる様にリビングに戻った。

寝室からミシミシとベッドの骨組みが軋む音が聞こえて、次第にソレはドンドンと床を叩きつけるような音に変わった。

合間から臨也の叫ぶ声…

煩せぇ

両手で耳を抑えるが家から出ようとしない自分がなんだか可笑しい。

スッと眼を閉じて全てを遮断する。

ただ目の前のTVを眺める。




「―――――――ッ!!」





言葉にならない叫びが辺りに響いて消えていった。
少しして気配を感じて後ろを見ると臨也がおぼろ気な眼で宙を見ていた。

「臨也」

そっと名前を呼ぶと何処か遠くを見てうっすら微笑む。
其処には俺はいない。
「こっち来い、飯まだ残ってんだろ」

臨也は眼だけで俺の胸を見るとその場に座りこんだ。
俺がこんな仕打ちするようになってから臨也は俺を見なくなった。
自業自得なのに頭に来てだからといって、臨也にあたりたくもないから握りこぶしを作ってグッと堪える。

「シズちゃん」

臨也は床にへばりついてその冷たさを感じながら俺の名を呼んだ。

「…」

俺に対して言ったんじゃないってすぐに分かる。
臨也は他の奴に犯られた後は絶対にこうなる。
心をどっかに置いてきて、自分の中の『シズちゃん』の面影に縋る。
そんだけ辛いならとっとと逃げ出せばいい。
なのに臨也は其れをしない。
だからといって今俺が呼んだところで臨也にはわからない。
俺じゃない誰かが俺のふりをして臨也の名を呼ぶ。

正気に戻れば自分が何をしていたのか、何を見て、何を聞いたのかも忘れてしまう。
だからこそ、都合のいい言葉をそいつに言わせている。

そしてその言葉を根底に大切に締まったまま、俺との味気ない生活と、性に塗れた汚れた夜に絶えているようだ。
可笑しいだろ。臨也は俺に狂わして欲しいみたいだ。

そうすれば臨也の世界にはそいつと二人きり。
手前を傷付けるようなヤツは見ずに済むのだから。

寝転んだままの臨也をおいて寝室に向かえば、先程の男が血溜まりの中喉に手を当てヒューヒュー言っている。
どこかから空気が抜けた様な音をだしてる。

「大丈夫か?」

聞いてもやっぱりヒューヒューと言うだけだから、仕方無くそいつを汚れたシーツに包んで背負って寝室の窓から外へでた。
臨也に見つからない様に。

生きててもらっても困るから新羅のとこには連れては行かない。
友達であるセルティにこんな事金を払ってでも頼みたくはないからいつも俺自身が捨てにいっている。
案外ばれない。そらそうだ。他人に関心のない人間がのさばってんだから。
それでも目立たないように小道を選びながら適当に捨て、ついでに煙草も買ってから帰路につく。
帰りの道中考えるのはいつも変わらない。
俺は何がしたいんだろう?
そのことばかりそしてそれが一番解らない。
臨也を傷つけたくない、殺したくない。そう思ってとった行動は、それ以上に状況を悪化させて、俺自身ブレーキが利かなくなってる。

悶々と考えても答えはいつも出ないまま臨也のいるマンションに戻ってくる。

だが直ぐには入らずに煙草をバカスカ吸って染み付いてるかもしれない、血の匂いを消してから入る。
だがリビングには臨也の姿は見当たらなかった。
風呂場から水音がして、何処に行ったのか明白だ。
ため息をついて誘いに乗るのはいつもの事。

今日は何してるんだろうな。
余裕の持てる脳味噌は単純にそう思う。

声も掛けずに風呂場の扉を無遠慮に開けると臨也は浴室に浸かっていた。
膝を抱えてその表情は見えないが、手首はタオルで固く結び、手は握手する形で繋がっている。
その状態を見れば人形の様に色のない表情をしている事は容易く想像できた。

生温いお湯は丁度人肌。
全身がふやけているとこから見ると軽くか二〜三時間は入っていた事が分かる。

「何時まで風呂入ってんだ?」

浴室に反響した声は臨也の耳に入るのには時間がかかる。

「もう出るぞ」

臨也の左腕を掴んで無理矢理持ち上げ様とすると、臨也は視線だけ自分の左腕に移した。
更に確かめるように左腕から俺の右手、右腕、右肩、首、顎、と眼球を動かし終えると、顎と首の丁度真ん中の一点を見つめながら「ああ、そうだね」と意味を持たない言葉を虚空に消し、固く結ばれている自分の手を見つめた。
自らは上がろうとはしない。
上がりたくないのではない。
只、今の臨也には生きる事にも似たあらゆる気力という源動力が感じられなかった。
仕方なしに、背中と膝の裏に腕を回し無理矢理引き上げる。
その反動で繋がれた手はほどけ、僅かに見えた掌の傷はあの男を殺った時に出来たものだろう。
まだ肉はじんわりとした赤い液体を滲ませている。

俺が忌み嫌う赤だ。
同じ色の血が流れている事の不思議。
同じ色なのに、成分や、遺伝子情報が異なるというだけで起こる俺達個体に生じる其処にいる事の意味のすれ違い。

『なんで逃げださねぇんだ?』 聞きたくても恐くて口に出来ない言葉の一つ。
最近の臨也を見てて分かった事だが、意外と臨也は無意識と言う一つの本能にとても従順だ。
だから此処に存在する事に理由を必要としない。
此処にいる事がその理由になり意味になるのだから。

それでも敢えて理由を挙げるとするなら、「俺が何も言わないから」になるんだろう。

多少のズレはあるが間違ってはいない。

逃げ出して欲しいと思う手前、どうしても臨也を手放せない俺は、決定的な事を何も言わない。
ただ、臨也が自発的に事を起こすのを待ってるだけだ。
それも、こんな風になっちまった臨也には到底無理なのを承知の上で。

いつも仕事帰りに、前に歓楽街で見掛けた汚い男や変質的な性癖だと噂の男を家に来るよう指示して俺は臨也のマンションへ向かう。
個人の情報なんて臨也のパソコンを見れば直ぐに分かることだ。
臨也が発狂するにしても無意味な生殖行為を耐え行っていても変わらずに臨也は俺の傍にいる優越感。
だからこそ、止められなくなってしまってるのかもしれない。

だが、そんな日常となった非日常が臨也の脳内を犯してるは確実だった。



臨也を抱えたままリビングまで戻ると、既に日の出は上がりかけて、天気予報のアナウンサーが今日の天気を伝えてた。

『今日は朝から肌寒い一日となるでしょう。また夕方頃からは雨の心配もありますので、お出かけの際は傘を…』

「そっか今日雨が降るんだね」

臨也がぼんやりと呟いた。
顔を覗けば先ほどより幾分か顔色がよくなっている。
臨也の体を床に下ろすと、暖房をつけて、手首に絡まっているタオルを外そうとした。

「…いい」

臨也が言うので「何が?」と問うと、「外さなくていい」と言う。
タオルで体を拭こうとすると、それもいいと拒否された。

今日の臨也はいつもより可笑しい。
やっている事はいつもの自傷行為に比べればてんで可愛いものだが、普段なら手当ても何もかもがされるがままのはずが全て拒絶する。

「なんでだ?」と再び問えばテレビを見ながら「一緒だから」と答えた。

「もう、ずっと傍に居てくれるって言った。」

なんとなく、誰が言ったかは解ったが取り敢えず「誰に?」と話の流れで聞いてみると案の定「シズちゃん」と答える目の前の男。
「でも、きっと外したら会えなくなる。」

手首にきつく巻かれたタオルのことだろう。
自分の両手を縛っているそれは、臨也にとっては、俺と臨也の手首を縛っている事になっているんだろう。

正直馬鹿らしかった。
そんな事も解らなくなる程こいつは頭がイカレているようには見えない。
しかし臨也は実際狂ってる。
目の前にいる俺を差し置いて『シズちゃん』と会話をしているんだから。
実際の狂人なんてのは見た目では解らないものなんだな、なんて一つ勉強させられた。

「でも、体くらいは拭いたほうがいいだろ」

出来るだけ優しく言ったが臨也はやはり拒否した。

「俺に触っていいのシズちゃんだけだから」と、

頭が真っ白になるというか、真っ赤になるというか、「何言ってんだこいつ」って思ったのは初めてだ。
いつもはこんな臨也の言うことは全て流して。
何を言っていても「はいはい。そうですか」と内心笑っていた。
結局臨也は口で何を言っていても、何をやっていても、臨也の大好きな『シズちゃん』は臨也には何でも出来なくて、俺には何の差しさわりのないものだったのだから。

「臨也」

名前を呼んでみても、こちらを見ようともしない。
『シズちゃん』と話しているときはいつもだ。
だから顔を押えて無理矢理こちらを向かせた。
「おい。臨也君は俺は誰でしょう?」

今俺はどんな顔をしているのでしょう?
臨也は触るなと言った手前触ってくる俺に嫌悪と怒りの顔を見せている。
「手を離せ」と暴れる臨也の両手を捕らえて床に押さえつけた。
いくら暴れても離さない俺に痺れを切らして、小さく舌打ちすると仕方ないとでも言うように答えた。

「シズちゃんの友達かなんか?」

臨也は言い終わった後、顔を強張らせた。
それでなんとなく今の自分の顔が想像できた。

「手前ぇ、案外すげぇな。」

俺の心ここまで揺るがすものなんて今までなかった。
だから俺はこいつが怖かったのか、俺たちの先には何もないと知りながら手放せなかったのか。
あぁ、こいつってなんかムカつくけど本当は凄いヤツなんだ。
って感嘆している俺とは打って変わって、臨也はガタガタと怯えてる。
こんな臨也は初めてみる。
まぁどうでもいいけど、隣みて「シズちゃん、シズちゃん」言ってるけどそれ違うから。シズちゃんはこっちですよ。
でも言わない。どうせ解らないし、今の臨也にとってシズちゃんはそいつしかいない。
優しく愛を囁いてくれるシズちゃんしかいない。
それを思うとさらに苛々が増してきた。

「お前の大好きなシズちゃんの前で犯してやろうか?」

臨也は顔を真っ白にした。
俺の顔が本気だと言っていたんだろう。
すぐに泣きながら「やめてやめて」とぐずりだした。

「シズちゃん」とは呼ばなかった。
『シズちゃん』に助けを呼ぶこともしなかった。
ただ泣きながら「やめて」とせがむだけだった。

臨也の体に残っている昨夜の男の痕に吐き気がした。
肛門に指を突っ込めば臨也の小さな悲鳴と共に男の精子も出てきた。
風呂に入っていたなら掻き出すぐらいはしろよと小さく漏らしながら乱暴に精子を掻き出した。
臨也は「痛い痛い」泣いているが昨夜の情事で緩んでいる其処は簡単に指二本を飲み込んでいる。
前戯なんてお座成りですぐに突っ込む。
「やめて」なんて泣いてる割りに感じてる臨也をみて苦笑が洩れる。

きっと今までの男にもこうなっていたんだろう。

その日の仕事休んで夜まで臨也を犯した。
なんだか久しぶり抱く臨也は甘い匂いがして手放せなった。
トムさんに「体調がすぐれない」なんてサボりの常套句を言った所身体が丈夫なのだけが取り柄の俺が!?みたいに無駄に心配されて体調戻るまで休んで良いとまで言ってくれた。

臨也は気を失うまでずっと泣き続けていた。


なのに、次に眼を覚ました時にはやはりと言うべきかそんな事すっかり忘れていた。
覚えてるのは昨夜知らない男に犯されたとこまでで、そいつに自分が何をしたのか、その後自分がどうなって、俺に何されたとかすっきりさっぱり忘れてた。



もう俺は、臨也に男を宛がう事はしない。
またとち狂っていもしないシズちゃんに負けるのは嫌だったから。
だから、此処まで歪んでしまった俺だけど、俺なりに臨也に優しくしようと決めた。
きっと臨也は今迄以上に不気味に感じるだろう。
だがそんなのは関係なかった。
とりあえず俺は手始めに臨也が寝てる間に自家製足枷を作って臨也の足とベッドの足を繋いでやった。

眼が覚めた驚いている臨也に俺は「今後お前の全てを俺が管理する」と宣言した。
それに対して臨也は泣きそうになりながらも「仕事はさせて」と小さな声で言った。
外と連絡を取るなど言語道断と思ったが、臨也が「どうしてもお願い」というから、優しくすると決めた手前「必要以上に外と連絡を取らないことと、外で行う商談には波江が行くか、俺を連れて行くかすればいい」とかなり譲歩してやった。

ホッとしたように表情を緩めた臨也やはりこいつの中のシズちゃんは俺だけでいいと思った。
しかしそんな臨也の足についてる足枷はあんまりにも不恰好だったからちゃんとしたものをネットで購入しようと決めた。