其処に行った時にはじめに飛び込んできたものは脱ぎ散らかした靴と血と精液の匂いだった。
几帳面で潔癖なあの子が?
なんて思わなかった。
そうなる様に仕向けたのは間違いなく俺自身だったしもう日常と化していたから。
部屋へと続く通路にこれまた脱ぎ散らかしたサスケの服、その服が彼が何処にいるのかを教えてくれる。
部屋に近づくにつれ強くなる精液と血の匂い、服は寝室ではなくリビングだった。
サスケは俺以外の奴と性行為する時に寝室を使わない奴だった。
それは多分俺との時間を一番長く過ごしてるのが寝室だからだと思う。
まぁ、そん事はどうでも良い。


あぁ、今度はどんな不細工な面でいるんだろう。


考えただけで腹の底から笑いがこみ上げた。







だけど、そのこみ上げてきた笑いは




口から出ることはなかった。

























また眼が覚める。
何時もの君。

眼を覚ますと眉間に皺を作りながらも、俺を見つけて幸せそうに、でも少し怯えた様に微笑んでくれた。

もう怯えなくていい、もう怖がらなくていい。
そう言って今迄の事、全部謝ってやり直したいと言いたかった。
だが、そんな事を今更この俺が言ったところでサスケは信用などしないだろう。
寧ろ警戒を強めるだけだ。
俺に出来ることといえば普段を装いながら出来るだけ優しく接する事。

だが、そんな事をする為に禁術に手を出したわけじゃない。
もっと優しくしたかった。甘やかしたかった。恋人ごっこだ、と嘲笑った日々をもう一度、今度は『ごっこ』ではなくサスケと暮らしたかった。

無理だろう、と頭の片隅では理解していた。
それでも実行した。

結局俺は、ただ、もう一度サスケに会いたかった。それだけだった。


















あの夜、サスケの家に行く前から、サスケが家で男に犯されてるのを俺は知ってた。
俺が仕掛けた奴だったから、サスケには其れまでにも何人かの相手をさせてた。
イタチに恨みを持つものから、忍びとはまったく関係のない小汚い男所謂ホームレスの相手まで選り取り見取りだ。
サスケは嫌がりながらも完全な拒絶はしなかった。
すれば俺が離れていく、そう思ったからだと思う。

『健気だねぇ』 なんて笑ったら

『うるせぇ』 って顔を赤くするサスケが気持ち悪くて渾身の一撃でぶん殴ったのを覚えてる。

あの日は普通の中忍、可もなく不可もないような平凡なのが取り柄です。みたいな奴を誂えた。
名前も顔も覚えてない、ただ熱狂的なサスケのファンではあったらしい。

玄関から続く廊下で服を脱ぎ散らかすほど我慢が出来ないくらいにね。

これは面白いものが見れる。そう思って忍び足で部屋の中に入るとコトは既に終わっていた。
中忍君は下忍にあっさりと殺れてた。

別段驚く事はなかった。部屋に入る前から血の匂いはしてたし、こういった事はよくあったからだ。
完全な拒絶はしないが思い余って殺ってしまいました。みたいなのは。
近寄って見れば完全に事切れている状態。床は血溜りが出来ていて歩くたびにねちゃねちゃと音をさせていた。
「あ〜ぁ」と思いながらサスケに蹴りの一発を入れても反応がなかった。
それもよくある事だった。
ショックで気を失ったり、風呂場で放心状態、偶に自分の手首切って見せたり、心臓をくないで刺して見せたりしてた。
今度は軽くじゃなく思い切り蹴り上げてやると面白いほどサスケの身体は跳ねて壁に当たって止まった。

「ゴール!」

小さくガッツポーズしてから再び何の反応もしないサスケに近づいてやっと分かった。
サスケの小さな手が握っているくないがサスケの首に刺さっていることに。


















「ふぁ…ぁッ…カカ、シ…」

変わらない華奢な身体

細い子供の身体

顔だって、少年期特有の中性的なもので


どれも君が嫌うものばかりだけれど

どれも今の俺にとっては愛しくて仕方のないものばかりだ。

だが、其処には俺の求める
確かな温もりも鼓動もなく、眼に映るその顔と身体だけがサスケの存在を確かなものにするしかなかった。

あの時から、サスケは止まってしまった。


















其れまでの自傷は俺の気が引きたいものだと、そう思っていた。
事実そうであった。
手首なんて切ったって死にゃあしない、心臓刺そうたって力が足りない上に肋骨の上から刺してんじゃ死ぬ筈がない。
だから、サスケが死ぬなんて、考えてもいなかった。
サスケは俺の中で消したくても消せない忌むべきものだと勝手に思っていた。
殺したって死なない、だから振るう暴力も次第にエスカレートしていったし、正直鬱陶しかった。
だけどサスケは案外あっさりと死んだ。
中忍君刺したあと心中かよって笑いたくなるくらい、自分の首にくないを刺して死んでいた。
首にくない貫通させて死んでいた。
やれば出来るじゃん、てはじめてサスケを評価してやりたくなった。
泣く筈がなかった。
この俺が鬱陶しい自分の周りを飛ぶ蝿が死んだくらいで泣く筈がなかった。
何より納得できなかった。理解できなかった。否、理解はしていた。だが、何かがそれに追いついてきてくれなかった。
サスケがいなくなる。
想定外にも程があって、思考回路が変なとこをグルグル回っていた。

ただ眼の前には血まみれのサスケがいて(いつもの事だろ、きっと抵抗してボコボコにされたんだ)
首にくない刺さってるサスケがいて(いつもの事だろ、今日は手や胸じゃなくて首にしたんだ)
白かった肌ももっと青白くなっていて(今日は満月だから…照らされて青白く見るんだ)
身体もどんどん冷たくなっていって(こんなとこで素っ裸で寝てるから…)

(寝て…、なんでサスケはこんなとこで、真っ赤になって裸で寝てんだろう?)

(あぁ違う死んだんだ。そうだ死んだんだ。だからリビングで素っ裸で真っ赤で寝転がってもなんの不思議もない)

それ以上考えるのは脳が拒否していたいるように違うことを考えてた。
疲れた。面白いものも見れなかった。どうせなら目の前で死んで欲しかった。
最初から最後まで全部見たかった。あ、晩御飯どうしよう。

そんな事考えながらサスケの眼だけ取って家に帰った。

サスケの死は他の里の者がやったことになった。
眼がなくなってたからだろう。
だが、火影はなんとなく感づいてるような気もした。
構わなかった、ただなんとなく、サスケが固執してた『うちはの血』だとか『写輪眼』を自分の中に入れればサスケが自分の中に、そう身体の中にでも戻ってくるんじゃないかって安易な考えでサスケの右目だけ食べてみた。
何日たっても、俺の右目が写輪眼に成るわけでも、俺がサスケを身篭るでも、生えてくるでも、何の変化もなかった。
何の、変化もなかった。
あったのは、サスケがいなくなった事実と、喪失感だけだった。
喪失感、そう気付いた時に「あぁ、確かにあいつは俺の一部だったんだ」と思えた。

昔、そうまだ恋人ごっこみたいな事をやってた時、俺はサスケに言った。

『俺たちはまるで鏡だね。似てるようで実は正反対で、お前は俺の嫌いな処だけを映す鏡なんだ。だから見ていて苛々する。』

ニコニコお得意の笑顔で言ってやった。
そしたらサスケは冗談だと思ったのか

『じゃあ俺にとってのお前は何なんだろうな』

なんてスカした顔ででも照れ隠しなのか少し顔を伏せて言いやがった。
ムカついたから一発殴って蹴りも入れておいた。
そしたらサスケも怒って殴り返してきたけど、簡単に避けてしまった俺に対して

『ぜってぇ忘れねぇ。いつか倍返しにするからな』

顔を真っ赤にさせながら言っていた。








ねぇ、サスケ お前にとっての俺ってなんだった訳?






俺は、お前が俺の半身だったんだって気付いちゃったんだよ。
しかもお前が死んだ後に、笑っちゃうよね。
自分で、お前は俺の鏡だって言ってたのに、死んでから気付くなんて、俺、お前が死んで自分が死んだ気になったんだ。
お前が死んだら俺も死ぬ、俺が死んだらお前も死ぬ。

そんな馬鹿なこときっと考えてたんだ。
だからサスケが死んだ時も、俺が生きてんだからサスケも生きてるとか有り得ない事思っちゃったんだよ。

輪廻転生なんてあるかも分からない話とか、あってもそんなん待てないし、仕方…なかったんだよ。


自分でも、愚かだと思っている。


サスケを今迄以上に愚弄している行為だと気付いている。

このサスケに触れる度に、温もりが鼓動が
感じられるかも知れないと淡い期待を抱いて何度も貪る。




サスケは怒っているだろうか?


何時までもサスケを穏やかにさせない俺を



サスケは泣いているだろうか?


まるで、死んでからも自分が物の様に扱われていることに



サスケは笑っているだろうか?


何時までも愚かな行為をやめられないでいる情けない俺を






サスケがいるとこに俺は存在しているのだろうか?







サスケは俺に「忘れない」と言った。
その事事態、忘れてやしないか?













「…カカシ?」



サスケはそっと頬に触れて、情欲に濡れた黒い瞳で僕を見上げた。


頬に触れていた指は流れる様に俺の髪を霞めてそっと撫で下ろしたその手を俺はそっと掴んだ。

今にも崩れてしまうんじゃないかというその掌に唇を落とした。


サスケの肩が揺らいだが気にせず指に、甲に落としていく。


サスケも俺のしたいようにさせてくれた。
いつも、サスケは俺のしたいように、たとえ其れがサスケ自身傷つくことでもいつも、いつでも
俺はそんな従順すぎるサスケに腹を立てていた。


俺がサスケを殺した。


分かっていたことだが、唐突に思い知らされた。


この温もりのない手に攻め立てられている気がした。











分かってる、あの時のサスケの言葉は決して果たせない事だ。

果たせなくてもいい。

>死ぬまで一緒にいたかった。

否、いなくちゃいけなかったんだ。

サスケもきっと思ってる。


そして分かってるだから口にしない。


俺達はきっと前とは違う意味で繋がってる。
シンクロしてる。


お前が死んだとき確かに俺は死んだんだ。
お前が死んで俺は全部持ってかれたんだ。僅かにしか残ってなかった感情全部、サスケが持っていったんだ。

その感情がサスケと俺を繋いでる気がした。


だから、今サスケの流している涙は俺の涙でもあるんだ。

きっとサスケは何故自分が涙を流しているのかも分からない。

「泣かないで」

とあやす様に涙をそっと舐めとるがその時のサスケが驚きながらもどこか嬉しそうだったから俺はまた泣きたい気持ちになってサスケの身体を抱きしめた。
強く抱きしめれば壊れてしまうかもしれない。
俺はずっとサスケにこうしたかったんだ。
余りにも自分に似ていたサスケが嫌で嫌で、サスケが泣くと泣きたいのは俺の方なのにって殴って、それでサスケの顔から表情がなくなると、世界中の不幸全部背負ってます。って感じで気に食わなくてじゃあ本当の地獄を見せてやろうなんて思った。実際実行もした。

でも、本当はこうしたかったんだ、抱きしめてキスして。
一つに戻りたくてSEXして、サスケが笑ってくれているだけで充分幸せなのに

なんでもっと早く気付けなかったんだろう。

嘘でも優しくした日々があった。
サスケが笑ってる日々があった。

でも、俺は『俺が不幸の中にいるのになんでお前は笑ってるんだ』なんて理不尽に思ってた。
そうやって俺の理不尽でサスケの笑顔も命も奪った。

何もかも見透かしたようにサスケは俺を抱きしめてただ一言


「…大丈夫、だから」

そう言った。

あぁ確かにサスケは俺の鏡だ、似ているのに、決して同じではない。
俺が持ってないものをサスケは確かに持っていた。

其れを、確かめるようにサスケにキスをした。


今迄した事のない様な優しいキスを、





愛なんかじゃこの虚しさは補えない。

愛なんかじゃこの気持を拭えない。



この感情は愛じゃない。



でもそれでもいい、言葉や文字に出来るものが全てではないのだから、そう思えたらなんだか笑えた。
哲学染みた自分の思考回路が気味が悪かった。
でも嫌いではない。




サスケ



サスケ


サスケ



サスケ





今になってもお前の事が好きだとか愛してるのかとか聞かれても、肯定の言葉は出てこない。


それはお前が俺だからだ。

今になってもお前は俺の一部でしかなくて、そうとしか思えなくて、俺は俺自身を好きになれない限り、お前を好きになる事も決してない。


抱きしめるサスケの身体の感触がリアルな肉の其れになっていくのを感じながら、俺は強くサスケを抱きしめる事しかできかった。


もう、限界…なんだな。


再び己を失う恐怖に震える俺にサスケは「寒いのか」とか的外れなことを言っているが俺は何も答えることができない。

ただ、サスケを 消えると分かっていても、その腕に閉じ込めておきたくて必死だった。

必死で、必死で、必死で


サスケの悪態も何処か遠くて
頭を撫でるサスケの手だけが妙にリアルで吐き気がした。


消えないでくれ。

そう言いたくてサスケの名を呼んだ時にはじめて自分が泣いてる事に気付いた。

気付いてしまったらはもう止める事も出来ず、溢れ物をそのままに、それでも言ってはいけない言葉を必死に飲み込もうと母親にすがる様にサスケを抱きしめ続けた。

だが、俺を抱きしめ返すサスケの手が腕が余りにも優しくて、なのに感触は皮膚のない肉そのもので堪えきれず吐露してしまった。



「…どこにも…いかないで…!」


一度言ってしまうともう止まらず堰を切ったように次々と言葉はでてきた。


「…ずっと、一緒に…傍にいてよ…」


サスケだって望んでいたことだろう?
言いたかったんだろう?

でも俺が怖くて言えなかったんだろう?


ごめん…


ごめん

ごめん

ごめん


なのにサスケは今迄のこと全部なかったかのように、いつものぶっきらぼうな口調で、顔を赤らめながら、「当たり前だろ」なんてはじめてあった時みたいな不細工な顔で言うから

尚更、なんで死んだんだ。なんて、俺の所為だけど、なんでこんな事になったんだ。もっと上手くいったはずだって都合よく考えてしまう。


どうして、俺は今みたいにサスケに接することが出来なかったんだろう。


俺は何か言っているサスケにキスをした、時間が惜しかった。少しでも繋がっていたかった。



嘘でも言った。

守るって言った。


約束した。


サスケだって、倍返しにしてやるって言ってたじゃない。


このままサスケが崩れる前に、サスケの全てを喰らってしまいたかった。




サスケの身体は徐々に変化していく。


抱きしている君の背中に温もりを奪われ、それでも離せずしがみつこうとして、やめた。



止まらない劣化。


唇を離したことが不満なのか追いすがろうとして声にならない声で俺を呼ぶサスケが表情を固めた。
自分の身体の違和感に気付いたのか自分の手を見て納得したような顔をした。
崩れていく自分の指、腕を、無表情でそれを眺めて不意に俺を見た。


苦しかった…




きっとサスケは俺以上に苦しんでる。


崩れて手のなくなった腕を俺に伸ばして、声にならない声で俺を必死に呼んでいた。


伝えたい言葉がたくさんあった筈なのに、俺の口はサスケの名を呼ぶので精一杯だった。


それでも俺を呼ぶサスケに俺は、安い謝罪と言い訳しか言えなかった。



違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う



俺は、もっと伝えなきゃいけない事があるんだ。

サスケは悲痛な表情で俺の方を向いていた。

きっと自分の死体を弄繰り回された事とか、死んだ後になってまで愚弄された事だとか
今までの事だとか全部丸々ひっくるめての表情なんだと思う。



サスケ、


サスケ、違うんだ。


俺が言いたかったのは


手足がなくなり胴体も崩れてきている身体が重力にしたがってベッドに倒れそうになるのを俺の腕が抱きとめた。

そのまま抱きしめると、サスケの口が僅かに動いた。

恨み言かとも思ったがそれでもサスケの最後の言葉を聞こうと口の動きを必死に追う。









『 』









『 』

















『 』














『 』





































『 』








息をのんだ。

湧き上がって来るものをグッと堪えた


「俺も、俺もサスケの事…」

堪えきれずに泣き出してしまった俺に、サスケは笑ったような気がした。


認められないと思っていた。

俺は俺自身を愛せないと思っていた。


だけど、俺の半身であるサスケが愛してくれるなら、俺もまたお前を愛せるから。

今はそれで許して欲しい。










そうして俺はサスケの崩れた唇に最後のキスをした。



































































































大丈夫。
お前が死ねば、俺も死ぬんだ

俺はお前の一部で
お前は俺の一部なんだから
















































その場には少年の紅い左目しか残っていなかった。








. . .