眼が覚めると真っ白な世界が僕を待っていました。
チカチカと眼を焼き付けるような光に痺れながら、遠くで(もしかしたら耳の中だったかもしれません。)誰かが何かを言っていました。
真っ白な世界に慣れる事もなく、その声を聞き取る事もなく僕は再び真っ暗な世界に引き戻されていきました。
それが、一番古い記憶だったと思います。





再び眼を覚ますと、其処はやはり真っ白な処でした。
でも、初めに見たあの焼きつけるような白ではありませんでした。
優しく包み込むような白でした。
また、覚えのある目の前に流れる部屋に僕は安心して、その世界に身を預ける事が出来ました。











嘘です。
覚えなんてありません。
どれも、これもが初めて見るものばかりです。
しかし、記憶の片隅に確かに存在している。
その部屋に景色に映像に、僕は不可解に思いながらも、その不可解すらも、平然と受け止めている自分に困惑するという矛盾を孕んだまま、見慣れたブザーを押していました。


初めて聴いた声は女性のものでした。
機械的に「今行きます」
それだけ告げられ接続は一方的に切られました。

数分後、部屋に訪れたのはドクターと二人のナース、そして前から良くしてくれていた火影様でした。
どの方も初めてお会いする方達ばかりです。

「やぁ、気分はどうだい?」

ドクターが僕の顔を伺います。
気分は最悪です。
眉間に、意思を表し僕は「別に」と答えにならない答えを返します。
口が勝手に返します。
手にシーツを握り、僕の思考を無視した身体と言葉は、僕以上に僕を知って、僕を聴くドクターや火影様に臆する事なく僕を返していきます。

具合は?

手は動くかい?

あぁ、ずっと寝ていたから足の筋力が落ちているね

リハビリは明日からでも大丈夫だよ

ドクターやナース、火影様はなんとも僕らしい答えに案如し、うんうんと頷き、一通り質問し終わると部屋から出ていきました。
僕が僕である事に案如し、出ていきました。

僕は静かになったこの部屋で独り、この何とも言い表せない頭のシコリをどうにか出来ないものかと、布団を被り、全てを遮断することやり過ごそうとしました。


自分という存在があまりにもこの世界に不似合いに思えてなりませんでした。



「異常なし」

三ヶ月のリハビリを終えた僕は医者にそう太鼓判を押され、火影様が配慮してくれた家に住まう事になりました。
未だに口は勝手に動き身体も意思と反して日常を取り戻しています。
僕の脳は意思と反した電気信号を発して要るようです。

明日から更なる日常が待っています。
僕はそれを憂鬱に思いながらも林檎に歯をたてます。
食事は義務です。
僕は何故だか自分の意思と別に働く脳に急かされるように生かされます。
僕は何故だか生きなくてはならないらしいのです。
なのに、時には生を簡単に投げ出さなくてはならないらしいのです。
それが僕の中に植え付けられた僕と云うものらしいのです。
眠らなくてもいいのです。
明日という今日を迎えていれば
僕が今成さねばならないのは
その時間に其処にいて且つ僕をしていればいいのです。
それに僕の意思は関係ないのです。

それが、目覚めてから三ヶ月
その間に解った事でした。
いつの間にか、明日は今日になり、僕はまたピンクの空に焼かれるのです。


其々に自分を持ち、自分を演じ、自分をしています。
必死に自分を誇示しています。






「なぁ、先生!」

愛読書を片手にしながら一時間程ページを捲らずにいた担当上忍をナルトは勢いよく声を掛けた。

「ん〜?」

大して驚きもしないカカシは何となく眺めているだけだったページを一枚捲った。

「サスケ君、まだ戻らないんです。ナルトだってもう戻ってるのに」

今回の任務はDランクの犬の散歩。
いつも無茶するナルトですらもう集合場所に戻っているというのに唯一人サスケだけが戻っていなかった。
何よりも昼に開始し、今は既に日が傾き初めていた。

「ん〜、どっかでさぼってるんじゃないの?」

カカシは動くのが面倒なのか少し考える素振りをしてから再び本を捲った。

「サスケ君はナルトじゃないんだからサボりなんてあるわけないじゃないですか!」

サクラはどうにもサスケを美化する癖がある。
サスケも人間なんだしたまには…
と言うカカシの言葉も遮り「サスケ君に限ってサボりなんてありえないわ」と根拠もない自信で吠えていた。
ナルトもナルトで四方八方にサスケの名前を大声で呼んでは、耳を澄ましてみたりとしている。
カカシは重いため息を吐くと、更に十倍は重い腰を持ち上げた。

「わかった、わかった。探しに…」

「ナルトうるせーぞ」

カカシが声を掛けるとタイミングよくサスケは戻ってきた。
サクラは歓喜に名を呼び「心配したのよ、どうしたの?」としつこく腕にまとわりつき、ナルトはナルトで「サボってたんだってばよ!きっと」とやはりサスケの周りを飛び跳ねていた。
サスケは曖昧に「ちょっと…」と言葉を濁すとカカシに「遅くなって悪かった」と一言謝罪した。

「何処行ってたの?」

カカシがサスケの頭に手をおきながら尋ねるとサスケは一瞬睨みあげ、また地面に目をやった。

「ちょっと…寄りたいとこあったから」

サクラは一瞬目をひんむく程に動揺したがすぐに「そ、そうよね。サスケ君だってたまにはね…」と乾いた笑いをあげた。

「まぁ、今度から先生に一言謂ってからにしてね。みんな心配したんだから」

サスケの頭をそっと撫でると「…あぁ」とサスケは苦虫を潰した様な顔をする。
それをカカシはいつもと変わらぬ貼り付けられた様な笑顔でやり過ごした。
能面の様な笑顔の仮面を貼り付けて、やり過ごした。


「…お前は、いつから俺を知ってるんだ…?」


…はずだった。
サスケの瞳は揺らいでいた。
見てはいけないものをその眼で見てきてしまった。と訴えかけるように。
ひっそりとした声はサクラ達には届いておらず、カカシはそれを確認すると、サスケが顔をあげた。
訴えかけるような瞳にカカシは何も謂わず、サスケの頭を二度程軽くはたくと、「後でね…」そう、普段と変わらない装いでまた笑って見せた。
ふ、とカカシが片手をあげるとナルト達に早々と解散を告げる。
ナルトはラッキーと声を張り上げいつもの様にサクラをデートに誘いながら背を縮めていった。

重たい沈黙…

サスケは自分から話題をふっておいて、何を謂っていいのかサスケにも分からないらしいかった。
何を見たかは分からない。しかし、此処まで口を噤む事であるならばかなり絞られる。
さぁ、一体どれだろう。と思いながらもサスケが話しやすいように簡単な言葉をカカシはかけた。

「で、どういう意味?」

サスケは肩を揺らし口に手を当てた。
上目でカカシの顔を伺い見るが、いつもと変わらぬ表情にいつもと違う雰囲気が漂っている。
カカシはサスケの様子を見るように、差しさわりのない答えを口にする。

「いつからって、一応生まれた時から知ってるよ。まあ、書類上だけどね。」

其れに対してサスケは少しだけ頭を振り、「違う」と声に出さずに否定をした。そして何か自分の中で決心したのか小さく頷くと、一呼吸し口を開いた。

「…なぁ、お前はいつから俺を知ってるんだ…?」

サスケの問いにカカシは深いため息をもらした。
結局は初めと同じ質問である事に変わりはないからである。

「あのさ、それじゃどういう意味か全然分かんないよ。」

「俺だって、どう言えばいいのか分からない。けど…」

だけど、サスケは続きを口にしない、したいが口にはしきれない漠然とした不安。
その不安は誰にも気付かれてはいけない。
サスケはその事に余りに自然に感じ取っていた。
知らせてはいけない。
知られてはいけない。
理解されてはいけない。
理解してはいけない。
僕がどんどん僕というものに馴染みだして、僕と僕の境界が曖昧になってくる。
だからといって不安は消えない。
だって、やっぱりこれは僕なんだもの。

身の内に宿る不安という違和感はサスケを蝕んだ。
カカシは気付きながらも気付かないフリをする。
其れが良い事だとか、悪い事だとかの前に、カカシにとっては『今』と『其れ』が大切なものだったから。
しかし、其れに反してはいけない事も十二分に理解している嫌に利口のなその頭は己を消す事を選んだ。



「失敗だったのやもしれぬ」

火影はそっとため息を漏らした。

「漠然とですが、多分自分が一体なんなのか、既に気付いているかもしれません。」

一人の忍が口を開いた。
それに対し火影は手で額を押さえ焦りを隠そうとする。
しかし、どうにもならない現状に「どうしたものかの」と弱音を溢してしまう事を止められない。

「兆しを見せたのはここ二、三ヶ月。それまでは全くを持って以前と変わらなかったと監視の者からの報告です。」

「気付かなかっただけと言うのはあり得ないのかね?」

忍の報告に参謀の老婆が声を上げた。
忍は微塵も動揺を見せず「その可能性も多いに考えられます。」と淡々と応える。

「根拠は聞かんでも想像はできるのう」

火影は続け様にため息を溢した。

「全くだ。前のはもう一つに私情を持ち込んでおったからの。こちらを疎かにしていても可笑しくはあるまい。」

老爺は細かく整えられた髭をさらに整えて軽く嘲笑すると老婆は「むしろあやつに二つは荷が重すぎたんじゃ。」と畳み掛ける様に批難する。
二人の参謀に批評を浴びせられ火影が顔もあげられずにいると、忍が「どう対処致しましょう?」と助け船をだした。

「うむ、そうじゃの。まだ気付いたと確定した訳ではないからのう。」

火影の一言に老爺は「気付いてからでも遅くはあるまい。」と賛同を表したが、「また、甘い事を、サッサと脳味噌いじってしまえばよかろ」と批難を受けてしまう。
「婆さん、そう簡単では無いことを知っておろう?あれを造るのに一体どれだけの犠牲と労力を必要としたか…」

老爺の一言に老婆は遇の音もだせなかった。

「何より今は要の綱手もおらなんだ、下手な事は出来まい。」

「脳一ついじるにも綱手が必要とは、全く厄介なもんじゃ」

老夫婦は息を揃えたかのように同時にため息をつくと、それを見送ってから火影は本日何度目になるかわからないため息を吐いた。

「今後は今まで以上に監視の目を厳しく、あれが一人になる事も極力さけるように、」

火影の指示を聞くや否や忍は姿をくらませた。






僕はいつも誰かに見られています。
それは、独りでいても
誰かと一緒にいても、
変わらず、目ならぬ目に監視されています。
それは一つであり、複数でもありました。

此処はまるで玩具箱

僕はお人形の一つです。

知っています。

誰が見ているのか、


誰が愛めでているのか、

でも、出来うる事ならば、

それが偽りであって欲しいと願ってしまいます。


でも、それを簡単に受け入れる、冷酷な自分がいる事も否めません。
でも、それが直、終わりを告げる事も、僕は何処かで

予言めいたもので知っていました。











「…火影様がお亡くなりになられた。」

誰だったかは顔も思い出せないような忍びの者に唐突にそう告げられた。 その日は雨だった。
きっと誰しもの心の中にも雨が降っていたと思う。
サスケはこれと言って火影との思い出がない。
強いつながりがあったと、どこかで感じてはいるが、薄ぼんやりとした何かに遮られ、 結局は火影と里に住む一忍び以上の関係をでない、と重い頭を更に重くさせ、火影の写真を仰ぎ見る。
里の者たち全員が同じところを見てる。
里を愛し、里の為に命を賭した男の笑顔は余りに朗らかで、輝いていて、視界が霞むのをとめる事が出来なかった。
しかし、それも一部を除いてのことだ。

「次期、火影は綱手かの…」

「良かったではないか、丁度壊れかけの所用に困っておった。」

「そうだの、綱手には悪いが戻ったら早々に修理してもらうかの」

里の利益のみを考える上層部は、新たな利益を求め、人の死に対しての悲しみは朽ちていた。
それを誇りに思いはしても、心を痛める事はとうの昔に忘れている。

「猿飛はどうも考えが甘い、綱手にはしっかりやってもらわねばの」









まるで其処に佇んでいるように
立ち尽くしたままの木々のように
彼等は其処に眠り続けているんだ
嫌悪と憎悪、あと少しの愛情を孕んだ太陽のように、僕を睨んでいる。

そう思っていた。
思い込んでいた。

思い込まされていた。


多分そう…。



彼等が眠っているのなら、僕もまた眠っている。


僕の身体が叫んでる。

生きてる


僕の心が嘆いてる。


死んでる



僕はその狭間でにいつも引き裂かれて、混じりあっている。




その狭間から抜け出せないのは、あいつがいるから
愛情と言う鎖で僕をいつも縛りつけている。
監視という束縛。

君の視線はいつも心地良くて吐き気がした。
居心地悪くて安心した。
でも時折胸を締め付けるんだ。
やっぱりそうなんだって…

頭の片隅に置いておいた鎮静剤は、

事実その効果を発揮した。









「サスケ、こんなとこで何してんの?」

木の影にひっそり息を止め気配を消していたサスケに、カカシは声をかけた。
暫くは沈黙を決め込んでいたが、観念したのか息を一気に吸い込むとサスケが顔を表した。

「…墓参りに来ちゃいけねーのかよ」

今日は命日だ。
とサスケは小さく呟く。確かに、その日はサスケの運命を大きく変えた日であった。
カカシは其れを今思い出しました。とでも言うように「あぁ」と頭を掻きながらいつものようにとぼけて見せた。
「お前こそ、何してんだよ。こんなとこで」
逆にカカシに質問を返すサスケに、カカシは一面に聳える石の見渡すと、小さく笑い「俺も、墓参りだよ」とだけ告げた。

「…」 サスケは目を泳がせながら言葉を探している。
そこはうちはの者の墓だ。
だがいつの日にかサスケはカカシから聞かされた。
自分が友と呼んだ者がうちはの者であった事、その左目が、そのものから受け取った誕生日プレゼントであった事。

「例の…仲間か…?」

名前を出していいものか、知らずに周りくどい聞き方をしたかと、サスケは口にした後、後悔した。
そんなサスケを背にしながらも手に取るように表情が読み取れるのか、小さく笑いながらカカシは敢えてサスケの質問に返答を濁した。

「お前は、また此処に誓いをたてるのか?」

憎しみを忘れない為に
あの光景を忘れない為に
サスケは確かめるように何度も此処へ足を運び、誓いを立てた。
其れだけが、サスケにとっての確かなものでもあるかのように。

「…それが例え、利用されているだけであっても?」

サスケは目を伏せた。
自分が何を思い、其処に立っているか噛み締めるかのように「それが、俺の存在理由だ」と、それを聴いたカカシが何を思うかも知っていながら口にせずにはいられなかった。

「…うん、じゃあサスケは復讐が終わったら、何処に行っちゃうのかな?」

何を望のかな?
カカシは小さく小さく小鳥の鳴き声程もない声で問いた。
本当は復讐など忘れてしまえと言いたい。
いえる立場ではない事は分かっていた。
だからこそ、サスケに掛けられる最高で、最低で、矮小な言葉を口にした。

「…」

何も応えられない、優しい嘘を吐く事も出来ない不器用で小さな恋人を哀しげに見つめながらカカシは口を開いた。

「あの時の質問、答えてあげようか?」


『お前はいつから俺を知ってるんだ?』


突然の言葉にサスケは訳が分からなかったのかだいぶ前に自分がカカシに問うた言葉を思い出し顔をあげた。

「…あの時のって」

「俺がお前を知ったのは、うちは一族が滅亡してから、半年後だよ。」


カカシはサスケの方を真っ直ぐ見つめ、フッと自虐的に笑ってみせた。

「もう…気付いてるんでしょ?」

サスケは戸惑う様に一歩後ろに下がるがカカシはそれを追うかのように一歩を踏み出した。
追いつめるように、獲物を捕らえるように。 しかし、そんな傍目を裏腹に内心はサスケ以上に怯えていた。

「俺がなんなのか…」

サスケはカカシの顔を伺うが、その作られた笑顔は仮面の様にカカシの素顔を隠し、何を考えているのか検討もつかなかった。

「もう、分かってるんでしょ?じ…」

「やめろッ!!」

思わず遮ったカカシの言葉の奥に答えがある事を知りながら、サスケには、まだそれを受け止める覚悟ができないでいた。
言い訳のように「それを知って、どうなるんだよ。」と口をつく。
「サスケが知りたがってた事だよ。俺が何か、サスケが何か…」

その通りだった。自分の中の違和感がまだ肥大しないでいた頃、サスケ自身を揺るがすものを見た。
それを一蹴してほしくてサスケは安易にカカシに聞いたのだ。『いつから知っている?』と、結果はなんとも曖昧でありきたりな物だった。
其れが更にサスケの中の違和感を増幅させた。
サスケは唇を咬み、ありったけの感情を拳に閉じ込めた。

「じゃあ、お前はやっぱりッ…ぅッ」

口を開いた事によりサスケの感情は滴となって現れた。否、其れはサスケの滴ではなかった。
サスケの中に眠る、違和感の正体そのモノが流したものだった。
カカシはそれを、何処か非現実的に、まるでありきたりな恋愛映画の感動のワンシーシンでも見ている様な面持ちで眺めていた。
心打たれるものはある。
だが、それ以上が起こりえない。
其れは、其処にいるのが自分の愛したサスケではないからから、はたまたは、カカシ自身の感情の欠如からかはこの際問題はなかった。

「…俺の事は、いらなかったのか?」

サスケが涙ながらにやっと発した言葉にカカシは自嘲気味に微笑みを浮かべた。

「はじめから、ありえなかったんだよ」

サスケは瞳に涙を浮かべたまま首を横に振った。
湧き上がる庇護欲、しかし今更自分たちがどう足掻こうと終末駅は目前だった。

「じき、綱手様が戻る。火影になる為にね、そしたら、俺たちの関係はリセットされる。」

「知らない!聞いてない!!気づいてなんか…」

サスケの悲痛の叫びにカカシはサスケの耳に入る様に大きくため息を吐いた。
そう、できうる事ならカカシもサスケにはその違和感に気付かないでいて欲しかった。
なのに、何故自らそれを触発するようなことをしたのか…。愛してるが故の憎しみを抱いたからだ。
「復讐を誓うのか」という問いと「何処へ行くのか」。
否定して欲しかった。カカシといると嘘でも言って欲しかった。
だが、望む答えが得られなかったカカシはその一瞬、人間でいる事を放棄したかのように冷徹で冷酷な言葉を口にしていた。
『これは駄目だ。リセットしよう』と
里の利益を求めるが故の上層部とはまた違う考え、しかし、サスケをまるで玩具か人形かのように思った自分に絶望した。
だが、其れも一瞬だった。
自分にとってサスケが玩具や人形である事は、ある意味当たっているからだ。
「…初めから、何もないじゃない?何も残らない関係だったでしょ?」

その言葉にサスケはカッと目を見開き、顔を真っ赤にさせた。

「じゃあ、俺が女だったら…カカシは俺の傍にいてくれたのか?」

「…」

カカシ自身何度その事を考えただろうか。
無理矢理にでも孕ませて、例えサスケが嫌がろうと、腹の内で復讐を考えていようと関係なく、自分の腕の届く距離に置いておけたらと、何度も思った。
しかし、其れは無意味だ、男でも女でも、サスケが里の道具である事は変わりはしないし、カカシ自身も然りだ。

「俺が女だったら俺のものになってくれたのかッ?気付かないフリして一緒にいてくれたのかよ!?」

サスケは感情に任せてカカシに掴みかかった。
カカシの襟元を握る小さな手は小刻みに震え、それを和らげるかのようにカカシは優しくその手を包んだ。

「違うよ。サスケ…傍にいてくれないのも、一緒にいてくれないのも、俺のものになってくれないのも…全部、サスケじゃない。」

ずるい大人のいい訳だ。自分の非など棚にあげて全てサスケの所為にしようとするカカシに、サスケはまんまとはまり、
ハッとしてカカシの襟元から手を外したがその両の手はカカシに捕らわれたままだ。

「サスケは、イタチを殺すんでしょ?復讐するんでしょ?何の為?誰の為?」

言外に其れは自身の意思なのかを問うカカシ。
―…ダレ?シンダカゾク…?ジブン…
サスケ自身、違和感を抱いても、根本的なことを何一つ考えていなかった。
当たり前だ、サスケにとって、其れこそが根本で、絶対なのだから。
しかし、其れを客観的に捕らえ、違和感の奥深くを覗けば、なんとも滑稽。
鼻で笑ってしまいたくなるような真実が待っていた。

分からない。だ。

そんなサスケの様子を見、分かっていながら、何よりも愛しいとでも言うように、カカシはサスケの手にキスを落として言った。

「それは本当に自分が探した末に行きついた答えなの?」

――…アレ?ナンデオレフクシュウナンテカンガエタンダ?

サスケは思考の渦に飲まれている。
初めからあった自分の中の一本の芯が自分の心に根を張ってはいなかったかのような浮遊感。透明感。そして空白。

カゾクコロサレタカラ…ダカラ…

「本当に、サスケが決めた事なの」

尚をも確信を突くカカシの言葉など、既にサスケの耳には入っていない。
何かに触れていないと、思考の中だけではなく、現実でまで自分の存在だけが浮き彫りになり削られてしまうと無意識下で感じ取っているのか
サスケはカカシの袖を力なく握り、視線は自分の地面と足の狭間を揺らいでいた。

―…アニキコロスノ?タッタヒトリノニクシンヲ…?





「ねぇ、本当は全部、プログラムされた事なんだよ…」






――…プロ、グラ…ぁぁxっぁぁぁぁぁぁぁぁぁッぁああああああああああああぁぁッぁぁぁぁ嗚呼あああああああっぁ!!!!!!





最初に見えたのは小さな指だった。
一生懸命掘り返してる犬を俺は何故か制する事ができなくて、時間にも余裕があったので犬のさせたいようにさせていた。
犬が必死になって掘り返している土の中には俺より少し幼い、土で薄汚れ、何の施しもされないまま埋められたのか酷く腐乱した少年の身体。
依頼人の犬が掘り起こす身体はどこか見覚えがあって眼が離せなかった。
次に黒い髪の毛が見えた。なんだか吐き気がした。
子供の死んだ身体を見ただけで吐き気を催すなんて忍びとして有るまじきだが、墓も造られなかった子供に同情染みた物を感じたのかもしれない。
犬の前足が子供の顎のとこまで到達する頃には犬の手綱を握る事も危うくて、寧ろ、犬の存在を忘れていたかもしれない。 ただ、嫌悪感があった。
吐き気があった。

俺が、いた。
俺は、あの日の簡単な任務の途中、あの時、あの瞬間、確かに自分の薄汚れて、所々腐乱して、真っ白な骨が見え隠れする死体を、確かに見た。









いつもいつも、僕がサスケなのに、僕じゃない『僕』が邪魔するんだ、いつも僕を縛って捕らえて、僕なのに全然僕じゃない。本当は、お兄ちゃんッ殺したくなんてないよ…でも殺さなくちゃッ殺さなくちゃいけないんだッ誰かが言う。 『僕』がどんどん先に行っちゃう…僕はまだ分かっちゃいないのにッ『僕』が僕を置いてくの…ッなのに、時々戻ってきて僕を食べようとするんだッ…『僕』がどんどん僕じゃなくなってく… あの人だって、僕じゃない『僕』のものだ。でも知ってる。僕は知ってる、なのに『僕』は知らない。なんで、優しくするのッ?って思っても言わない。同情と好きはちがう!似てるけど…なんかちがうんだ。 『僕』だって知ってるはずなのに…。いつも逃げてる。僕から逃げてる。ぼくをしらないふりする…。でも、もう逃げられないんだよ。


子供の悲痛な叫びを夢で聞いた。
だが何を言いたいのかよく分からず、分からないからよく覚えてもいない。
そんなありきたりな夢にあぁっと何か妙に納得顔のサスケが目覚めた時そこは自宅のベッドの上にいた。
どうやって戻ってきたかは分からないが、微かに部屋に残るカカシの匂いに少し前までいた事を教えてくれた。

同情と好きは違う。

誰かが言った言葉が脳裏を掠める。
それはこういう事なのだろうと思った。
感情に境界は造れない、だがどうしても隠し切れない線はある。
カカシの線はきっとこれなんだろう。
今迄だって独りで朝を迎えた。
自分がどんな状態でも、どんな状況でも、カカシにとって自分はそういう存在なのだろう。

俺たちには、こういう別れ方がお似合いだ。

自分にはもう明日が来ない事をサスケはなんとなく感じた。
忘れる事などなんとも思わない。
カカシの事も、ナルトの事もサクラの事も、シカマルやキバやみんな、今までの事全部忘れ。また違う俺が、俺としてみんなの傍に、カカシの傍にいる。
なんとも間抜けだと思う。恐怖はない。 ただ、――なんで今の俺では駄目なんだろう。
それだけを思ってサスケは再び眼を閉じた。














「綱手様、此方がサスケに関する報告書とカルテです。」

綱手は渡されたファイルをパラパラと捲っていくと顔をしかめた。
そこにはサスケが自分がクローン体である事に気付き、兄を殺す事に対して疑問を抱いてる事、更には幼少期の人格が一時的にでも浮上した事が事細かに記されていた。

「何だってこんなんなるまでほっといたんだい。これじゃ記憶を全部削除して初期化しないと駄目じゃないか」

記憶の一部だけを削除すると思っていた綱手はどっと疲れた顔になった。

「しかも幼少期って、」

「申し訳ありません」
冷や汗をかきながら医療忍者の男は綱手の表情をおずおずと伺った。
そんな男を尻目に綱手はため息と共に「まぁいい」と溢した。

「記憶及び幼少期の人格の全削除、人格プログラムを浮上させる」

「幼少期の記憶まで全て消してしまったら…」

「人格プログラムにイタチに対する憎悪とそれに関する記憶が多少はインプットされてる。それでなんとかなるだろう」

文句はあるのか?と綱手の鬼気迫る形相に男は二の句をなくし「承知しました」とだけ辛うじて口にした。

「あぁ、それと肝心のサスケとカカシは何処にいる?」












カカシの催眠術によって眠りについてるサスケの頬をカカシはそっと撫でた。

「本当に此でいいのかい?」

気配などなく、いきなり綱手が声を掛けるがカカシは然して驚く様子もなく「えぇ」とだけ答えた。

「こんなに大事に思ってんのに何で馬鹿正直に報告してた?」

綱手は病人の横たわるベッドに腰を掛けるといきなり確信をついた。

「仕事ですから、って言っても信じないですよね」

乾いた笑いと共に溢した台詞に「当たり前だ」と綱手は吐いた。

「お前がそんな仕事熱心な訳あるか」

「ハハ、ですよね」

カカシは再びサスケの頬を撫で、髪を撫でた。
何度も何度も惜しむ様に
開け放たれた窓から風が入り込みサスケの髪をそっと揺らすとカカシはサスケの前髪を丁寧に左右に分け、その幼いながらも端正な寝顔を愛でる様に眺めた。

「抜けられなくなりそうだったんですよ」

カカシは聞こえるか聞こえないかの声で呟いたが綱手の耳にはきちんと伝わっていた。
しかし綱手は目だけを一瞬カカシに移しただけで何も言わない。

「いつか、居なくなると離れていく存在だと分かっている筈なのに、サスケに溺れて離せなくなると思ったんです。きっと俺はサスケを行かせたくなると」

「だからそうなる前に自分が愛でたサスケじゃなくなれば、何て馬鹿な事考えたのか」

綱手の的を得た解答にカカシは情けなく笑った。

「あたしゃ、既に手遅れだと思うがね」

カカシは何も言わずにサスケの寝顔を眺めた。
そんなカカシを見ると綱手は末期だと確信した。

「監視の件だが、外す事もできるがどうする」

その言葉にカカシは瞳を伏せ、拳を握ると顔を上げ初めて綱手の顔を見た。

「…出来れば、」








「サスケ」

目が覚めたらそう言われた。
何となく俺の事何だと思った。
周りを見渡すと真っ白な部屋に独特の薬品の臭いに包まれて吐き気がした。
あぁ此処は病院なんだと、知らない筈のそこを俺は何故か知ってる。
こんな事、何だか前にもあった気がする。
遠い昔だった様な、ごく最近の様な安定しない記憶。

火影と名乗る女に色々質問されて、適当に相槌や、返事をする。
すると周りは皆安心するんだ。
そお、前もそうだった。
でもこの火影という女は表情変えずに、心を見透かすような目で俺を射ぬく。
何となく恐怖

「今日の所は此れで終わりにしよう。また明日来るから」

ゆっくり休むように
優しい母の様な笑みを浮かべて火影は帰っていった。


「もう一度聞くが、此れで本当に良かったのか」

綱手はサスケの病室を出ると外で様子を伺っていたカカシに再度この前と同様の質問をした。

「…」

カカシは答えられず口元だけで笑って見せるが、その表情が余りにも頼りなく見えた綱手は言葉を続けた。

「今のサスケは、もう以前のお前が愛したサスケじゃない。それでもお前は…」

「えぇ、それでもいいんです。」

カカシの返答に綱手は呆れた様なため息を吐いた。
意地だ、強がりだ。そう見えるかも知れない。
実際そうかも知れないとカカシ自身も思っていた。
それでもカカシの意志は揺るがなかった。







『サスケ』

それは本当に自分の名前なのだろうか?
自分には本当は、名前何て無いんじゃないかと思う。
このまま渦巻く感情、記憶と同様
此処にある筈なのに、捉える事の出来ない存在、個体

訳の解らない。

此は…


俺は…

何なのだろうか?


具現化されたんだ。
俺の心、思考が表面に
そしたら俺がいなくなった。

そんな漠然とした不安

抱えて行くには此の身体は少し小さすぎやしないか?
此の夜空に押し潰されてしまいそうだ。
星一つない、此の夜空
俺を導くモノは何一つない。


今日、この日、この時、この瞬間、俺は自分の真っ白な思考の渦に呑まれ、食われ、埋まり、囚われた。